東京地方裁判所 昭和61年(ワ)8416号 判決 1989年4月06日
主文
一 被告は、六六七二号事件原告高野久代に対し、金五八一万九七三二円及びこれに対する昭和六一年六月四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 六六七二号事件原告らのそのほかの請求を棄却する。
三 東京地方裁判所昭和五九年(ケ)第二二四六号不動産競売事件につき、同裁判所が作成した配当表中根抵当権者たる被告に対する配当額金三七七万二三四三円を取り消す。
四 訴訟費用は、被告の負担とする。
五 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
六 ただし、被告が金五八〇万円の担保を供するときは右の仮執行を免れることができる。
事実
一 六六七二号事件原告らの請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、金七一六万円及びこれに対する昭和六一年六月四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言
二 八四一六号事件原告の請求の趣旨
1 東京地方裁判所昭和五九年(ケ)第二二四六号不動産競売事件につき、同裁判所が作成した配当表中根抵当権者たる被告に対する配当額三七七万二三四三円を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決
三 六六七二号事件原告らの請求原因
(一) 原告らは、被告との間で次の消費貸借契約を結んだ。
契約の日 昭和五七年一一月二五日
貸し主 被告
借主 原告ら
金額 一二五〇万円
利息 年四割五分六厘
遅延損害金 年七割二分
天引き利息 二カ月分として九五万円
元金の弁済期 五〇〇万円を昭和五八年六月二四日、残額を昭和五九年一一月二四日、但し、昭和五八年六月二四日の五〇〇万円の弁済については、被告は、原告らが利息さえきちっと払えば、昭和五八年六月の段階で協議しようといっていた。
利息の弁済期 昭和五八年一月二四日以降毎月二四日に、その日以降一ヶ月分の利息を予め手形を振り出して支払う。
(二) 原告高野久代は、右の借入金債務を担保するため、右の契約の日と同日自己所有の別紙物件目録記載の不動産(本件不動産という。)に根抵当権を設定した。
(一)の消費貸借契約書には、譲渡担保の記載があるが、原告の担当者は、根抵当権を設定すると説明し、現に設定されている。契約書の記載にかかわらず、譲渡担保設定契約は成立していないものである。
また、被告は、昭和五八年一二月九日本件不動産に昭和五七年一一月二五日売買予約を原因とする所有権移転仮登記手続きをしたが、原告高野久代は、そのような登記をすることを承諾していない。
(三) 原告高野榮一は、次の通りに弁済した。
昭和五八年一月から昭和五八年五月まで毎月二四日 金四七万五〇〇〇円宛
昭和五八年六月から昭和五九年六月まで毎月二四日(五八年七月及び五九年六月は、二三日) 金五〇万円宛
(四) 昭和五九年六月二四日現在の原告らの被告に対する債務額は、利息制限法を適用して計算すると、四七〇万円あまり(途中で遅延損害金が発生していたとすると、六二〇万円あまり)となっていた。
(五) 原告らは、昭和五九年七月四日負債の処理を弁護士松林詔八及び菅沼一王に委任した。そして、両弁護士は、昭和五九年七月五日ころ、被告を含む債権者に対し、原告らの債務の処理を受任した旨及び原告らに対する請求等は、今後両弁護士にするよう通知した。
(六) ところが、被告は、次のように、事実上の強制力をもって、原告らをして利息制限法所定の金額以上の利息、損害金を支払わせ、または、正当な清算金の支払いをすることなく本件不動産を取得するため画策、実行するなどの行為をした。これら一連の行為は、不法行為を構成する。
1 原告が弁護士に委任した後まもなく、被告会社の社員が、早朝原告方の前で、「俺のものだから出ていけ。」と怒鳴った。また、被告は、上記の原告代理人の通知をことさら無視し、電話で原告に対し被告会社へ出頭するよう申し向け、原告が弁護士に委任したことを告げると、「通知が来ていない。」「そんな弁護士はいない。」と述べた。
2 また、被告は、被告会社及び原告方において、家族に精神を患っている息子がいることを考え弁護士に委任している原告らに対し、本件不動産の所有権移転登記手続きをするよう求め、また、弁護士では解決しないから、原告にも幾らかお金を出すから逃げてしまえばよい、後はこちらでなんとかするなどといった話をした。
3 被告は、昭和五九年七月一九日、本件不動産について所有権を取得していないにもかかわらず、原告久代を債務者として、本件不動産の処分禁止仮処分を申請した。(後に取り下げ)
4 また、被告は、同日、本件不動産について所有権を取得しておらず、また、原告榮一が他の債権者の要求により本件不動産の占有を他に移転しようとしているなどの事実がないにもかかわらず、これらの被保全権利及び保全の必要性の不存在を秘匿して、本件不動産について占有移転禁止仮処分を申請し(東京地方裁判所昭和五九年(ヨ)第五二四五号事件)、その決定を得て執行した。
5 被告は、右同日、本件不動産について所有権を取得していないにもかかわらず、原告らを被告として、前記所有権移転請求権仮登記に基づく本登記手続き、及び明渡を求める訴訟を提起した(東京地方裁判所昭和五九年(ワ)第八〇五号事件)。(被告は、昭和六一年三月取り下げている。)
6 原告代理人の両弁護士は、本件不動産を売却して原告らの負債を整理するべく、各担保権者と交渉したが、被告は、一貫して一二五〇万円の元金がそっくり残っていることを前提とした話にしか協力できない、利息制限法所定の残金の支払いを受けても、被告の担保権設定登記の抹消登記手続きには応じない旨を言明した。
7 そこで、原告代理人の両弁護士は、当時本件不動産の任意売却先もほぼ決まっていたことから、昭和五九年一二月二〇日ころ被告担当者に対し、利息制限法による計算内容を説明し、被告会社との間でその計算について若干の計算結果の違いが生じるとしても、利息制限法による残額であれば支払う旨、また被告会社の準備ができ次第原告代理人の両弁護士において立て替えてでも支払う旨を述べて口頭による弁済の提供をした。しかし、被告は、利息制限法の金額であれば受け取れないという趣旨の回答をして、受領を拒絶した。
8 また前記の本案訴訟の和解期日において、原告代理人の両弁護士は、利息制限法所定の金額であれば、本件不動産を任意売却することにより清算することができること、前記口頭の提供までした旨主張したが、被告は、利息制限法の金額では応じられないとして、和解を拒絶した。
(七) 原告らは、被告の右の不法行為によって、本件不動産を売却できないまま東京地方裁判所の競売(昭和五九年(ケ)第二二四六号不動産競売事件)によって、その所有権を失った。
被告の不法行為がなければ、原告は、昭和五九年一二月金三八〇〇万円で本件不動産を売却することができ、その代金から、被告の主張するような仲介手数料及び印紙代一二二万円を支払い、第一抵当権者シティーコープ・クレジット株式会社に当時の元金、利息及び損害金合計二五八四万一五五一円を支払ってもなお一〇九三万八四四九円の金員を得て、これを他の債務の弁済等に宛てることができたものであり、その損害は、右と同額となる。
(八) 被告は、昭和五九年一二月原告代理人の利息制限法による債務の弁済提供に対し弁済金の受領を拒絶し、受領遅滞に陥ったから、同年一二月三一日より後は貸金の利息損害金は発生しない。
そうすると、原告らの被告に対する貸金債務は、元金四七〇万円あまりと同日までの遅延損害金にとどまる。
(九) 原告らは、前記の一〇九三万八四四九円の損害賠償債権と右の被告に対する貸金債務を対当額で相殺する旨、昭和六一年六月三日被告に送達された訴状で意思表示した。
これによって、右の貸金債権は、消滅し、原告らの損害賠償債権が七一六万円あまり残存することとなる。
(一〇) よって、原告らは、被告に対し、損害賠償として金七一六万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和六三年七月一二日から支払い済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める。
四 八四一六号事件原告の請求原因
(一) 東京地方裁判所は、昭和五九年(ケ)第二二四六号不動産競売事件において、金三七七万二三四三円を被告に配当する旨の配当表を作成した。債務者である原告榮一は、配当期日に異議を述べたが、被告は同期日に出頭せず、異議は完結しなかった。
(二) 右の被告に対する配当表の記載は、被告が本件貸金債権を有するものとしてこれに対してなされたものである。しかし、本件貸金債権は、三(九)記載の通り消滅している。
(三) よって、原告は、前記の配当表の被告に対する配当額三七七万二三四三円を取り消すことを求める。
五 六六七二号事件請求原因に対する被告の答弁及び反論
(一) 請求原因(一)の事実は、元金の弁済期についての但し書部分、利息の天引きをしたとの事実は否認するが、そのほかの事実は、認める。
(二) 請求原因(二)の事実は、認める。(2段、3段の事実を除く。)
被告は、本件消費貸借契約とともに、原告久代との間で次の内容の譲渡担保契約を締結した。
ア 原告久代は、被告に対し本件不動産の所有権移転登記手続きを行なう。その費用は原告らの負担とする。
但し、原被告協議のうえその手続きを留保することができる。
イ 原告久代は、占有改定の方法で被告に対し本件不動産の引渡しをなし、さらに原告らは、本件不動産を無償で借り受けた。
ウ 原告らが、期限の利益を失ったとき、本件不動産の所有権は確定的に被告に帰属する。この場合、被告は本件不動産を適正に評価してその評価額が原告らの被告に対する債務額を超えるときは、その差額は被告において原告らに返還する。
エ 原告らが期限の利益を失ったときは、その翌日から一週間以内に本件不動産を明け渡さなければならない。明け渡さないときは、一日当り、金二万円の割合による使用損害金を支払う。
原告らは、昭和五八年六月二四日に支払うべき元金五〇〇万円の支払いを怠り、期限の利益を喪失した。
そして、被告は、昭和五八年六月時点で現地不動産業者に近辺の相場、取引事例を聞き、総合的に本件不動産の評価をした結果、これを三五〇〇万円と評価し、これから物件の売却にともなう経費、先順位の抵当権にかかわる債権の額並びに被告の債権額一二五〇万円を差し引くと、余剰がないばかりか不足が生じるので、そのこと及び原告が昭和五八年六月二四日期限の利益を喪失したので被告は譲渡担保権を実行する方針であることを被告の担当者である門屋紘一郎及び大島雄次が被告会社において原告に面談して通知した。その際、原告らに対して立ち退きまで一日当り二万円の使用損害金の支払いをするように催告した。
(三) 請求原因(三)の事実を認める。
(四) 請求原因(四)の貸金債権の残額を争う。
(五) 請求原因(五)の事実を認める。
(六) 請求原因(六)の柱書きの事実を否認する。
請求原因(六)1、2の事実を否認する。
3の事実のうち、原告らの主張のように処分禁止仮処分を申請し、後に取り下げた事実を認める。
4の事実のうち、原告らの主張のように占有移転禁止仮処分を申請し、執行したことを認める。
5の事実の内、原告らの主張のように、本案訴訟を起こし、後に取り下げたことを認める。
6の事実の内、被告が原告らの代理人である両弁護士に対し、一二五〇万円の元金がそっくり残っていることを前提とした話にしか協力せず、利息制限法所定の残金の支払いを受けても被告の担保権設定登記の抹消登記手続きに応じない旨を言明した事実は、否認する。そのほかの事実は、不知。
7の事実のうち、原告主張の日に原告の代理人と被告の担当者が交渉したこと、その席で原告の主張するような説明があったこと、利息制限法所定の金額であれば遅延損害金を付して支払う旨の発言があったことは認めるが、そのほかの事実特に弁済の提供があったとの事実を否認する。右の交渉は、本件不動産は、譲渡担保契約によって、本来被告に確定的に帰属しているものであることを前提に、清算の手段として被告が買い受けるかあるいは転売するかということに関し、その値段について行なわれたものである。
8の事実を認める。
(七) 請求原因(七)の事実の内、本件不動産が原告主張の競売により売却され、原告久代が所有権を失った事実は認めるが、そのほかの事実は否認する。昭和五九年一二月の時点で本件不動産の売却が可能であったことはない。本件不動産に抵当権がつけられていたために、また六日間の間に一〇個もの抵当権がつけられていたために、売買契約がまとまらなかったものである。そして、かりに三八〇〇万円で本件不動産を買い取る買い主が仮にいたとしても、本件不動産は昭和六〇年一一月一四日の売却許可決定により、右より高額の三九〇〇万円で売却されたから損害は生じていない。それに、原告が売却した場合売買の仲介手数料(売買代金の三%プラス6万円)、印紙税(二万円)、所得税、地方税などの諸費用がかかり、売買代金額をそのまま取得できるわけではない。
(八) 請求原因(八)のうち、弁済の提供があったとの事実を否認する。
(九) 請求原因(九)の事実を否認する。
六 八四一六号事件請求原因に対する被告の答弁
(一) 請求原因(一)の事実を認める。
(二) 被告は、配当表記載の金額の債権を有するものである。
七 証拠<証拠>
理由
一 次の事実は、当事者間に争いがない。
1 原告らは、被告との間で次の消費貸借契約を結んだ。
契約の日 昭和五七年一一月二五日
貸し主 被告
借主 原告ら
金額 一二五〇万円
利息 年四割五分六厘
遅延損害金 年七割二分
利息の弁済期 昭和五八年一月二四日以降毎月二四日に、その日以降一ヶ月分の利息を予め手形を振り出して支払う。
2 原告高野久代は、右の借入金債務を担保するため、右の契約の日と同日自己所有の本件不動産に根抵当権を設定した。
二 元金の弁済期について判断する。
証拠によれば、次の事実を認めることができる。
(その認定に供した証拠は、認定事実の次に掲げる。書証の成立についての説示のないものは、成立に争いのない証拠である。以下同じ。)
1 元金の弁済期について、契約書には、内金五〇〇万円は昭和五八年六月二四日、残額は昭和五九年一一月二四日という記載がある。しかし、原告高野榮一が貸付を受けた際被告の担当者から受けた説明では、契約書にこのように記載しておくが利息さえ支払って貰えれば、このような中間の支払いができなくてもかまわないとのことであった。
証拠<省略>
2 そして、右の昭和五八年六月二四日が到来する前の同年六月七日に、被告は、原告から毎月五〇万円の利息を受け取ることとなり、そのための手形を取得した。右の一ヶ月五〇万円という金額は、被告らの主張する使用損害金の金額(一ヶ月六〇万円)や遅延損害金の金額(一ヶ月七五万円)とは異なる低い利率の金額である。
証拠<省略>
3 右の昭和五八年六月二四日が経過しても、被告は従前と同様に原告らから元金全額の手形を差入れさせて貸借を継続し、原告らに対して、貸金全額の返済を迫ったり、また、本件不動産からの退去を迫ることもなかった。原告らに対して、本件不動産の所有権を主張するなどの行動にでたのは、昭和五九年七月になってからである。
証拠<省略>
右のような事実経過からすると、契約書上の弁済期は、昭和五八年六月の段階で原告らの返済能力を吟味し、その時点で返済能力に疑問があるときは、利息を契約当初よりさらに高利に引き上げるための手段として記載されたにすぎないものではないかと考えられる。そうであれば、昭和五八年六月二四日の段階で原告らが利息さえも支払うことができない場合はともかく、利息を支払っているような場合は、右の期日に元金五〇〇万円を返済できなくとも、原告らが債務不履行の責任を問われることはなく、また、期限の利益を喪失させるという不利益を受けるという約定ではなかったものと解される。ただこの点は、契約関係が曖昧な点が多く、右のような断定が困難な面があるが、たとえそうであるとしても、原告らが右の時点でも約定通りの利息を支払っていたことから、被告としては、その後も従前通りの貸借を続けることとし、右の時点で、原告らの債務不履行があるとしてその責任を追及したり、また期限の利益の喪失などの不利益を課すこともなかったものと認められる。この認定を左右するに足る証拠はない。
そうであるとすると、右の日に原告らから元金五〇〇万円の返済がなかったことにより、債務の履行遅延に陥り、被告の担保権実行の要件が充足されたとする被告の主張は理由がなく、また、原告らが期限の利益を喪失し、それ以後遅延損害金の支払い義務が生じたという被告の主張も理由がない。
三 担保権の内容について判断する。
被告は、次の通り主張している。
被告は、本件消費貸借契約とともに、原告久代との間で次の内容の譲渡担保契約を締結した。
ア 原告久代は、被告に対し本件不動産の所有権移転登記手続きを行なう。その費用は原告らの負担とする。
但し、原被告協議のうえその手続きを留保することができる。
イ 原告久代は、占有改定の方法で被告に対し本件不動産の引渡しをなし、さらに原告らは、本件不動産を無償で借り受けた。
ウ 原告らが、期限の利益を失ったとき、本件不動産の所有権は確定的に被告に帰属する。この場合、被告は本件不動産を適正に評価してその評価額が原告らの被告に対する債務額を超えるときは、その差額は被告において原告らに返還する。
エ 原告らが期限の利益を失ったときは、その翌日から一週間以内に本件不動産を明け渡さなければならない。明け渡さないときは、一日当り、金二万円の割合による使用損害金を支払う。
被告の提出する乙一には、右の被告の主張にそう記載があり、当事者間の約定としては、譲渡担保契約が成立しているものと判断される。
しかしながら、被告の債権の担保としては、被告が設定登記を取得したような根抵当権で十分であって、ことさら譲渡担保によらなければ、被告の債権が確保されないような事態は考えられない。被告がわざわざ譲渡担保の文言をいれていたのは、後記五に認定する被告の言動から判断すると右の契約内容のうちのエの不動産の明渡の条項と明け渡さない場合の高額の使用損害金条項を活用して、債務者である原告久代から目的物件を事実上取り上げることを狙ったものと考えられる。
しかし、譲渡担保といえどもあくまでも債権の担保にとどまるのであって、債権者に自己の債権の回収という枠を超えた過大な利益をもたらすものとして利用されてはならないのであり、また、利息制限法による高利の取得の制限が存在する現在の法律制度のもとでは、担保権の実行によって債権者の回収できる額も、残存する債権の額に、利息制限法の制限内の利息または損害金の額を加えた金額にとどまるのである。現在、貸金業の規制等に関する法律四三条のみなし弁済規定が制定されているが、この規定は、債務者等が利息制限法の制限を超える利率の利息、損害金を任意に支払った場合に、厳格な要件を満たすときは、その利息、損害金の弁済を有効なものとみなすという効果を生じさせるにとどまり、債務者に利息制限法に違反する利息、損害金債務の支払い義務を発生させる規定ではないから、担保権の実行が利息制限法の制限内でのみ許されるという原則は、右のみなし弁済の規定が存在する現行法のもとでも変わりはない(最高裁判所事務総局編 貸金業関係事件執務資料一六ないし二一頁参照)。
そして、本件の貸金は、貸金業の規制等に関する法律の施行前なされたものであり、同法付則六条の規定によれば、同法施行後にされた弁済についても同法四三条の規定の適用がないから、原告榮一の弁済後残存する債務の額は、右の弁済について同法四三条の要件のあるなしにかかわらず、弁済額のうち利息制限法超過分を元本に充当して、計算するべきものであるが、そうであるとすると、被告の有する譲渡担保権は、契約書でどのように記載されていようともその通りの効果は発生せず、被告が利息制限法にしたがって債務の残存額を計算し、それと目的物の価額との差額を清算金として原告久代に提供した場合にのみ目的物についての所有権を主張し、引渡しを求め得るにとどまるものと解される(最高裁昭和四六年三月二五日判決民集二五巻二号二〇八頁参照)。
そうすると、原告らが期限の利益を喪失したから目的物の明渡義務が生じ、また一日二万円の使用損害金の支払い義務が生じたとする被告の主張や、利息制限法による計算をせず、貸金元本残額全部が存在していることを前提に清算義務の不存在を言う被告の主張は、いずれもその主張自体失当で採用することはできない。
四 原告高野榮一の弁済の状況について、判断する。
証拠によれば、次の事実を認めることができる。
1 貸付を受ける際、二カ月分の利息として金九五万円を差し引かれた。
証拠<省略>
2 昭和五八年一月二四日から別紙計算表記載の日に、記載の金額を弁済した。
証拠<省略>
右1の天引き利息について、利息制限法二条の規定により、原告らの受領額である一一五五万円をもとに利息制限法一条所定の制限利息の金額を計算すると二ヶ月間で二八万四七九四円となる。そこで天引き額のうち右の制限利息を超える六六万五二〇六円を前記の元本に充当すると、その残額は、一一八三万四七九四円となる。そこで、利息の天引きがされた二ヶ月間が経過した昭和五八年一月二四日以降の本件貸金について、前記2に認定した原告高野榮一の弁済額がどのように利息制限法上の利息に充当され、またその超過額が元本に充当されることになるかを計算すると、別紙の計算表の通りとなる。
これによれば、昭和五九年六月二三日現在の残存元本の額は、四七四万六一七五円となる。そして、昭和五九年一二月三一日の時点における原告らの債務の額は、元本四七四万六一七五円利息三七万二五四二円となる。
五 そこで、次に被告の不法行為の成否について判断する。
次の事実は当事者間に争いがない。
1 原告らは、昭和五九年七月四日負債の処理を弁護士松林詔八及び菅沼一王に委任した。そして、両弁護士は、昭和五九年七月五日ころ、被告を含む債権者に対し、原告らの債務の処理を受任した旨及び原告らに対する請求等は、今後両弁護士にするよう通知した。
2 被告は、昭和五九年七月一九日、本件不動産について、原告久代を債務者として、処分禁止仮処分を申請した。(後に取り下げている。)
3 また、被告は、同日、本件不動産について占有移転禁止仮処分を申請し(東京地方裁判所昭和五九年(ヨ)第五二四五号事件)、その決定を得て執行した。
4 被告は、右同日、本件不動産について、原告らを被告として、前記所有権移転請求権仮登記に基づく本登記手続き、及び明渡を求める訴訟を提起した(東京地方裁判所昭和五九年(ワ)第八〇五号事件)。(被告は、昭和六一年三月取り下げている。)
右、2から4までの申し立てや訴えは、被告にはいまだ本件不動産についての確定的な所有権はなく、原告らに対してその所有権の移転あるいは引渡しを求める権利がないにもかかわらずなされた違法な申し立てや訴えであったことは、すでに三で判示したところにより明らかである。
そして、証拠によれば、次の事実を認めることができる。
5 被告は、前記のように原告代理人弁護士から今後の請求などは弁護士にするように通知を受けていたのに、これを無視し、昭和五九年七月四日ころ被告会社社員を原告方に差し向け、原告榮一の妻の原告久代だけが在宅しているのをみてとると、この金は原告榮一が女に貢ぐため使ったものであるなどと根拠のない話をして困惑させるとともに、近隣の者に聞こえるような大声で、この家は既に被告のものとなったから、誰かに住まわせなければならないなどといって、原告らの立ち退きを要求し、原告らに対して義務なきことを強要した。その結果、当時神経症を病み自宅で療養していた原告らの長男にも精神的な動揺が生じるなど家庭生活上支障が生じた。
証拠<省略>
6 被告は、前記の弁護士からの通知を無視して、原告らに対し、弁護士が間に入ると解決できないなどと言って、何度も被告会社に出頭するよう要求し、出頭した原告高野榮一に対し、原告らにいくらかの金を出すから逃げるようにと言って、不法な手段で原告らの財産を取り上げようとした。
証拠<省略>
7 被告は、前記の弁護士からの通知を無視して、昭和五九年七月一五日頃原告方に被告会社社員を差し向け、原告らに対して、弁護士に任せていては、不法な利得を得ることはできないが、被告に任せればなにがしかの金を手にすることができる、被告の方で社員などに住み込ませるから、原告の方は八重洲の金貸し(被告のこと)に取られてしまったのだといって債権者に謝れば、それらの債権者への支払いも実際上免れることができるなどと言って、不法な手段で原告らの財産を取り上げようとした。
証拠<省略>
8 原告代理人の両弁護士は、本件不動産を売却して原告らの負債を整理するべく、各担保権者と交渉したが、被告は、昭和五九年七月中旬頃原告代理人弁護士に対して、一二五〇万円の元金がそっくり残っていることを前提とした話にしか協力できない、利息制限法所定の残金の支払いを受けても、被告の担保権設定登記の抹消登記手続きには応じない旨を述べ、その後も一貫してそのような態度を崩さなかった。
証拠<省略>
9 そこで、原告代理人の両弁護士は、当時本件不動産の任意売却先もほぼ決まっていたことから、昭和五九年一二月二〇日ころ被告担当者に対し、利息制限法による計算内容を説明し、被告会社との間でその計算について若干の計算結果の違いが生じるとしても、利息制限法による残額であれば支払う旨、また被告会社の準備ができ次第原告代理人松林弁護士において立て替えてでも支払う旨を述べて口頭による弁済の提供をした。このとき、原告代理人の両弁護士は、債務の整理の経験上、債権者が法律上存在する債権の減額について渋ることはあっても、被告のように法律上存在しない利息制限法違反の債権が全額支払われなければ交渉に応じないなどという態度を示したことは、全く経験したことがないし、そのような無法な要求に屈する訳にもいかない状況にあるので、松林弁護士の管理する預金などから直ちに支払い可能な金額であることを確認して、上記の口頭の弁済提供をしたものであった。しかし、被告は、利息制限法の金額であれば受け取れないという趣旨の回答をして、受領を拒絶した。なお、原告代理人の両弁護士は、被告のこのような対応に対して、利息制限法により計算した残額を供託することも検討したが、供託しても、被告の態度からして抵当権の抹消登記手続きに被告が応じる見込みはなく、それでは本件不動産の任意売却をすることは実際上不可能になるので、供託するという方針は、採用することができなかった。
証拠<省略>
以上の事実を認めることができ、この認定に反する被告代表者の尋問の結果は、右の認定に供した証拠に照らして、採用することができない。
ところで、貸金業の規制等に関する法律二一条一項は、貸金業者は、債権の取り立てに当たり、人を威迫し又はその私生活若しくは業務の平穏を害するような言動により、その者を困惑させてはならない旨規定し、これを受けた昭和五八年九月三〇日付大蔵省銀行局長通達第二の三(1)イ(ロ)は、貸金業者は債権の取り立てについて大声をあげたり、乱暴な言葉を使ったりするような債務者を威迫する言動を行なってはならないと定め、又、同通達第二の三ハ(ロ)は、貸金業者は、債務処理に関する権限を弁護士に委任した旨の通知を受けた後に、正当な理由なく支払い請求をしてはならないと定めている(前掲貸金業関係事件執務資料一一から一三頁参照)。
右に認定した被告の行為は、右の貸金業の規制等に関する法律二一条一項により禁止されてい違法な言動などにより、事実上の強制力をもって、原告らをして利息制限法所定の金額以上の利息、損害金を支払わせ、また、正当な清算金などの支払いをすることなく、他の債権者への弁済に宛てられるべき本件不動産の経済的な価値を独占しようとする不法な行為であるが、特にそのうちでも、原告らの依頼した弁護士に対する被告の言動は、単に原告らを困惑させるといった精神的な損害を生ぜしめるだけではなく、原告らの債務が急増する前に本件不動産を売却して原告らの債務の負担を軽減し、原告らの窮迫した状態を解決して法的な安定と法秩序の回復を実現しようとした弁護士の活動を、実際上不可能な状態に追い込んだものであって、単に原告らの経済的な損害の観点からだけでなく、社会生活に法的な安定をもたらし、法秩序を回復するために行なわれる弁護士活動の妨害という観点からも、無視することのできない違法な行為であって、現行法秩序のもとでは許すべからざる不法な行為であるといわなければならない。
六 そこで、原告らの損害について判断する。
次の事実は当事者間に争いがない。
原告久代は、本件不動産を売却できないまま昭和六〇年一一月一四日の東京地方裁判所の売却許可決定(昭和五九年(ケ)第二二四六号不動産競売事件)とその後の買い受け人の代金支払いによって、その所有権を失った。
証拠によれば、次の事実を認めることができる。
1 被告らの不法行為がなければ、原告久代は、昭和五九年一二月の時点で本件不動産を三八〇〇万円以上の価格で売却することができた。
証拠<省略>
2 原告久代は、本件不動産を一二五〇万円で取得していたので、右の金額で売却しても、税法上所得税を課税されることがなかった。
証拠<省略>
3 右不動産を右の金額で売却すると、仲介手数料、印紙代として一二二万円を要する。
証拠<省略>
4 本件不動産の第一順位の担保権者であるシティーコープ・クレジット株式会社には、昭和五九年一二月三一日現在で、次の債務があった。
元金 二一七八万〇三七七円
利息 二四万五二五三円
遅延損害金 三八一万五九二一円
合計 二五八四万一五五一円
証拠<省略>
右の通り認定することができ、この認定を動かすべき証拠はない。
右に認定したところによれば、被告の不法行為がなければ、原告久代は、本件不動産を売却し、右に認定した費用や第一順位の抵当権者に弁済して、なお一〇九三万八四四九円の金員を得て、これを他の債務の弁済等に宛てることができたものであり、その損害は、右と同額となる。
七 本件の記録によれば、原告らが、昭和六一年六月三日被告に送達された本件訴状において、被告に対する損害賠償債権と原告らが被告に対して負う貸金債務とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことが認められる。
すでに認定説示したところによれば、昭和五九年一二月の時点において、被告は原告久代に対して、金一〇九三万八四四九円の損害賠償債務を負い、他方原告らは被告に対して五一一万八七一七円の貸金債務を負っていたものである。
そうすると、右の相殺の結果、原告らの被告に対する貸金債務は全額消滅し、原告久代は被告に対して五八一万九七三二円の損害賠償債権を有することとなる。
したがって、原告らの被告に対する請求は、原告久代に対して被告に右の金五八一万九七三二円と本件訴訟送達の翌日である昭和六一年六月四日から支払い済みまで年五分の割合による支払いを命ずる限度で認容するべきものである。
八 次の事実は、当事者間に争いがない。
東京地方裁判所は、昭和五九年(ケ)第二二四六号不動産競売事件において、金三七七万二三四三円を被告に配当する旨の配当表を作成した。債務者である原告高野榮一は、配当期日に異議を述べたが、被告は同期日に出頭せず、異議は完結しなかった。右の被告に対する配当表の記載は、被告が本件貸金債権を有するものとしてこれに対してなされたものである。
しかし、本件貸金債権が既に消滅していることは、既に判示したとおりである。
したがって、右の配当表の記載は、取り消されるべきものである。
九 訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用する。
なお、本件については、訴えが起こされてから既に相当の時間が経過していることに鑑み、仮執行の宣言をしたが、被告が控訴しても、本件の認容額に控訴審の判決がなされるまでに生ずる利息の額を付加した金額(当裁判所はこれを約七二七万円であると算定した。)を基として、原告の敗訴可能性と本件の事案を考慮にいれた相当な額の担保を積ませれば、被告に仮執行を免れさせても、原告の利益を著しく害することとはならないと考えられるので、このような担保を条件とする仮執行の免脱の宣言をすることとする。
よって、主文の通りに判決する。
(裁判官 淺生重機)